静岡地方裁判所 平成2年(行ウ)4号 判決
原告
松谷清(X)
右訴訟代理人弁護士
浅野正久
同
伊藤みさ子
同
興津哲雄
同
河村正史
同
久保田治盈
同
澤口嘉代子
同
清水光康
同
中村順英
同
西河修
同
細沼早希子
同
増本雅敏
被告
静岡県知事(Y) 石川嘉延
右訴訟代理人弁護士
石津廣司
右指定代理人
後藤恵吾
同
白鳥弘
同
渡邉登
同
梅田正雄
同
佐野龍司
同
杉崎修二
同
市川克次
事実及び理由
第二 事案の概要
二 本件条例の内容
「静岡県公文書の開示に関する条例」(平成元年静岡県条例第一五号、以下「本件条例」という。)の各条項のうち、本件に関係する部分は次のとおりである。
第一条(目的)
この条例は、県民の公文書の開示を求める権利を明らかにするとともに、公文書の開示に関し必要な事項を定めることにより、県政の公正な執行と県民の信頼の確保を図り、もって県民参加による開かれた県政を推進することを目的とする。
第三条(運用方針)
実施機関は、この条例の運用に当たっては、県民の公文書の開示を求める権利を十分に尊重するとともに、個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない。
第五条(公文書の開示を請求できるもの)
次に掲げるものは、実施機関に対し、公文書の開示を請求することができる。
一号 県内に住所を有する者
二号 県内に事務所又は事業所を有する個人及び法人その他の団体
三号 県内に存する事務所又は事業所に勤務する者
四号 県内に存する学校に在学する者
第六条(公文書の開示の請求方法)
前条の規定により公文書の開示を請求しようとするものは、次に掲げる事項を記載した請求書を実施機関に提出しなければならない。
三号 開示を請求しようとする公文書を特定するために必要な事項
第七条(公文書の開示の決定等)
一項 実施機関は、前条の請求書を受理したときは、当該請求書を受理した日から起算して一五日以内に、請求に係る公文書の開示をするかどうかの決定をしなければならない。
三項 実施機関は、第一項の決定をしたときは、速やかに、当該決定の内容を請求者に書面により通知しなければならない。
四項 前項の場合において、実施機関は、公文書の開示をしない旨の決定(第一〇条の規定による公文書の開示の決定を含む。)をしたときは、その理由を同項の書面に記載しなければならない。この場合において、当該決定の日から起算して一年以内に当該公文書の全部又は一部を開示することができるようになることが明らかであるときは、その旨を付記するものとする。
第九条(開示をしないことができる公文書)
実施機関は、開示の請求に係る公文書に次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている場合は、当該公文書の開示をしないことができる。
二号 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの。ただし、次に掲げる情報を除く。
ア 法令又は条例(以下「法令等」という。)の定めるところにより、何人でも閲覧することのできる情報
イ 公表を目的として実施機関が作成し、又は取得した情報
ウ 法令等の規定に基づく許可、免許、届出等の際に実施機関が作成し、又は取得した情報で、開示することが公益上必要であると認められるもの
三号 法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、開示することにより、当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれるものと認められるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。
ア 人の生命、身体又は健康を事業活動によって生ずる危害から保護するため、開示することが必要であると認められる情報
イ 人の生活を違法又は不当な事業活動によって生ずる支障から保護するため、開示することが必要であると認められる情報
ウ ア又はイに掲げる情報に準ずる情報であって、開示することが公益上必要であると認められるもの
八号 監査、検査、取締り、徴税等の計画及び実施要領、渉外、争訟、交渉の方針、契約の予定価格、試験の問題及び採点基準、職員の身分取扱い、用地買収計画その他の実施機関が行なう事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務事業の目的が損なわれるおそれがあるもの、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれがあるもの、関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの又は県の行政の公正若しくは円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らかなもの
〔中略〕
第三 争点に対する判断
一 公文書開示請求権の意義及び非開示条項の解釈について
1 県民が県の保有する公文書の開示を求める権利が、憲法二一条、一五条に基づき直接的に発生するものと解することはできず、本件の公文書開示請求権は、県政の公正な執行と県民の信頼の確保を図り、もって県民参加による開かれた県政を推進することを目的として、本件条例(直接的には一条及び五条)によって創設的に認められた権利であると解すべきである。したがって、特定の内容の公文書に対する開示請求権の有無、ないしは開示を請求し得る公文書の範囲等は、これを定める本件条例の各規定によって定まるものというべきである。
2 しかるところ、本件条例は、一条において、右1の公文書開示請求権を創設した目的を宣明し、また、三条において、実施機関に対し、本件条例の運用に当たって、県民に認められる公文書開示請求権を十分尊重することと、個人に関する情報の保護についても最大限の配慮をしなければならないこととを義務付けているほか(同条は、結局、県民の公文書開示請求権と個人のプライバシーの保護とを調和させて本件条例を運用することを求めているものと理解することができる。)、九条において、一号から八号までにわたって、記録されている情報の内容により開示をしないことができる公文書の範囲を定めるものであるところ、同条は、開示の対象となる公文書の範囲を制限する形式をとってはいるものの、実質的には、開示すべき公文書と開示しないことができる公文書を分類することによって、対象となる公文書の範囲の面において、本件条例による公文書開示請求権の実体的内容を定めたものと解される。
したがって、本件公文書につき原告に開示請求権が認められるか否かは、本件条例一条、三条の規定を踏まえて、右九条各号の規定を解釈することによって判断すべきである。
二 本件非開示部分の本件条例九条八号該当性の有無について
1 本件非開示部分のうち被告が本件条例九条八号に該当すると主張するものは、前渡資金出納簿の非開示部分のうちの別表第二の「前渡資金出納簿・9条該当号」欄の「8号」に○印を付した支出に係る部分、及び支出証拠書のうちの同表の「支出証拠書・9条該当号」欄の「8号」に○印を付した支出に係るものであって、結局、本件非開示部分の全部ということになる。
2(一) 本件条例九条八号は、実施機関が行なう各種の事務事業の公正又は円滑な執行等を確保する観点から定められたものと解されるが、その内容は、開示しないことができる公文書の範囲を、これに記録された情報が関係する事務事業の種類(監査、検査、取締り、徴税等の計画及び実施要領、渉外、争訟、交渉の方針、契約の予定価格、試験の問題及び採点基準、職員の身分取扱い、用地買収計画その他の実施機関が行なう事務事業)によって限定した上、さらに、開示により生ずる支障の態様(<1>当該事務事業の目的が損なわれるおそれがあるもの、<2>特定のものに不当な利益又は不利益が生ずるおそれのあるもの、<3>関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの、<4>当該事務事業又は将来の同種の事務事業の公正又は円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの、<5>県の行政の公正又は円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らかなもの)によって、これをさらに限定するものである。
(二) 本件非開示部分のうち、前渡資金出納簿の非開示部分には、支出項目の別に応じ、当該交際費支出に係る知事等の交際の相手方、交際費の支出事由、購入・接待事業者等が記録されていること、並びに支出証拠書が、各交際費の支出につき、その支出先の作成した請求書、領収書類及び支出の性質上これらを徴することのできない場合に担当職員が作成した支払証明書からなり、それぞれ支出年月日、支出項目、支出行為者及び支出金額のほか、事業者名、品名、単価等が記録され、また、その余白に前渡資金出納簿の非開示部分に記載されている事項と同様の交際の相手方、交際費の支出事由等がメモ書きされていることは、右第二の三の3の(二)及び(三)のとおりである。そうすると、これらの記録は、前渡資金出納簿の開示部分その他の本件公文書の記録と併せ読むことにより、知事等が、いつ誰とどのような内容の交際を行なったかを具体的に明らかにするものであるから、本件非開示部分は、知事等の交際に関する情報が記録された公文書(又はその部分)というべきところ、知事等の交際事務は、県と関係者との間に良好な協力、信頼関係を形成、維持し、都道府県における行政の円滑な執行を図ることを目的として、これら関係者を相手方として行なう懇談、慶弔等の対外的な交渉事務であるから、本件条例九条八号所定の事務事業の種類のうちの「渉外」の事務事業に該当するものと解される。
原告は、「渉外」事務が主として外国との折衝、協議、調整に係る事務を意味するものであって、知事等の交際事務はこれに当たらないとか、交際事務は他の遂行されるべき県政上の事務執行に関連して関係者間の良好な関係を維持増進するために行なわれるものに過ぎず、それ自体独立して県の行政事務の一部を構成するものではないと主張するが、「渉外」事務の意義並びに知事等の交際事務の目的、内容をそのように狭く解する合理的な根拠は存在しない。
(三) したがって、本件非開示部分を開示しないとすることができるか否かは、本件非開示部分に記録された知事等の交際事務に関する情報を開示することが、本件条例九条八号所定の、開示により生ずる支障の態様(右(一)の<1>ないし<5>)のうち、被告の主張する<1>(当該事務事業の目的が損なわれるおそれがあるもの)、<3>(関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの)又は<4>(当該事務事業又は将来の同種の事務事業の公正又は円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの)のいずれかに該当するかどうかによって、決せられるものというべきである。
しかるところ、原告は、本件条例九条八号の定める右(一)の<1>ないし<5>の各支障の態様の解釈に関し、公文書を非開示とすることにより保護されるべき利益が、実質的に保護に値する正当な利益であって、その利益侵害の具体的な危険が存在することが客観的に明白である場合にはじめて当該公文書を非開示とすることができると解すべきである旨主張する。
しかしながら、右各支障の態様のうち、少なくとも、<1>(当該事務事業の目的が損なわれるおそれがあるもの)、<3>(関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの)及び<4>(当該事務事業又は将来の同種の事務事業の公正又は円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの)については、本件条例九条八号の用いるその文言からみても、また、本件条例一条及び三条の規定の趣旨に照らしても、本件条例上、原告の主張するような事実の存在が非開示の要件とされているものとは到底認め得ないところであり、右一のとおり、本件の公文書開示請求権が本件条例により創設された権利であることを考慮すると、本件条例の規定する範囲を越えて、原告主張のようにこれを殊更厳格に解すべきであるとする理由はないといわなければならない。
3(一)〔証拠略〕によれば、(1)前渡資金出納簿の非開示部分のうち、別表第二の「前渡資金出納簿・交際の相手方・個人名」欄が「識別」とされている支出に係る部分(三八九件)には、当該交際費支出に係る交際の相手方である個人の氏名が記録されているため、これを開示すれば交際の相手方が識別されること、(2)同欄が「識別可能」とされている支出に係る部分(二一件)には、当該交際費支出に係る交際の相手方である個人の役職等が記録されているため、他の情報を参照することにより交際の相手方を識別し得ること、(3)同表の「前渡資金出納簿・交際の相手方・法人名」欄が「識別」とされている支出に係る部分(一三五件、但し、うち五件は右(1)と重複)には、当該交際費支出に係る交際の相手方である法人等の名称が記録されているため、これを開示すれば交際の相手方が識別されること、(4)また、支出証拠書のうち、別表第二の「支出証拠書・交際の相手方・個人名」欄が「識別」とされている支出に係るもの(三八九件)には、当該交際費支出に係る交際の相手方である個人の氏名が記録されているため、これを開示すれば交際の相手方が識別されること、(5)同欄が「識別可能」とされている支出に係るもの(二一件)には、当該交際費支出に係る交際の相手方である個人の役職等が記録されているため、他の情報を参照することにより交際の相手方を識別し得ること、(6)同表の「支出証拠書・交際の相手方・法人名」欄が「識別」とされている支出に係るもの(一三五件、但し、うち五件は右(4)と重複)には、当該交際費支出に係る交際の相手方である法人等の名称が記録されているため、これを開示すれば交際の相手方が識別されること、(7)そして、右(1)ないし(6)の前渡資金出納簿の非開示部分又は支出証拠書に記録されている交際の相手方、内容等には、それが外部に公表、披露されることがもともと予定されているものは存在しないこと、以上の事実を認めることができる。
(二) ところで、右2の(二)のとおり、知事等の交際事務は、県と関係者との間に良好な協力、信頼関係を形成、維持し、都道府県における行政の円滑な執行を図ることを目的として、これら関係者を相手方として行なう対外的な交渉事務であるが、その場合に交際費を支出するかどうか、支出するとすれば幾らとするかといったことを含むその交際事務の内容等は、その性質上、県と相手方との関係等を考慮した上、個別的に決定されるという特徴を有するものであるから、仮に、相手方を識別し得るような公文書を開示することによって、交際の相手方ごとに知事等との交際の内容、程度が明らかにされることになれば、彼我の比較に基づき、交際の選から洩れた者はもとより、交際の相手方の中からも、交際の内容、程度の差異を県ないし知事等の自己に対する評価の差等に結びつけて、不満、不快、不信の念を抱く者が現われることは容易に推認し得るところである。そして、かかる事態に至ることは、県と交際の相手方との間の良好な協力関係、信頼関係を損なうことに繋がるものであって、ひいては、交際事務の目的が損なわれるおそれがあるとともに、交際関係の当事者の信頼関係が損なわれると認められるものというべきである。
また、交際費の支出の要否、その額、内容等は、本来、知事等が相手方と県との関係等を考慮し、その裁量によって、個々の事例ごとに決定すべきものであるが、仮に、交際の相手方、内容等が開示されることとなった場合には、知事等は、関係者らに右のような不快、不信の念を与え、交際事務の目的そのものに反する結果を生じさせることをおそれて、交際費の支出を形式的、画一的にし、相手方によって実質的な差を設けない運用を行なわざるを得なくなることも十分に考えられ、そうすると、交際事務の公正又は円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるものというべきである。
したがって、本件非開示部分のうち、開示することにより交際の相手方が識別され得るものについては、交際の相手方、内容等が外部に公表、披露されることがもともと予定されているものを除いては、本件条例九条八号により開示しないことができる文書に該当するものというべきである。
(三)(1) 原告は、知事等との交際は一般常識としては名誉なことであると考えられ、本件非開示部分を開示することにより交際の相手方が不快等の感情を生じた場合でも、その程度は交際事務の実施目的を失わせる等の結果を招くほど強度であるものとは通常考えられない旨主張するが、右(二)のとおり、交際の相手方が不快等の感情を生じるおそれは、知事等との交際が明らかになること自体ではなく、交際の内容、程度の比較に基づいて生ずるものであって、これが交際事務の目的を失わせる等の結果を招くほど強度ではないとする主張は合理的な根拠をもつものとは認め得ない。
(2) また、〔証拠略〕によれば、<1> 原告は自ら、あるいは知人を介して、平成三年八月ないし同年一〇月に、情報公開に関する条例を有する地方自治体である逗子市、那覇市及び静岡県蒲原町の長に対し、当該自治体の長の交際費に関する公文書(平成二年度分)の開示を請求して、その頃、その全部の開示を得たこと、<2> その後原告代理人である伊藤みさ子弁護士の弁護士法に基づく照会に対し、平成三年一二月に、右各自治体から、右<1>の請求に対するものを含め、従前交際費に関する公文書の開示をしたことによる支障は特段生じていない旨の回答があったこと、以上の事実を認めることができる
しかしながら、右各証拠によれば、右各自治体における交際費に関する公文書の開示の実績は、右照会回答の時点で、蒲原町が一〇年間に約一〇〇件あるほかは、一ないし三年間に数件あるにすぎないことも認められるところ、情報公開に関する条例を有するものだけでも全国に多数ある自治体のうちで、静岡県とは行政規模が著しく異なり、ひいては長等の交際事務の範囲、内容、相手方の人数等にも大きな差異があると推認される右の三自治体における右の程度の実績に基づく判断のみに依拠して、交際費に関する公文書で交際の相手方を識別し得るものを開示しても、何らの支障も生じないものと断ずることは到底できないというべきであるのみならず、〔証拠略〕によれば、那覇市長の交際費に関する公文書の開示によって交際の相手方となったことが判明した者に戸惑いが存在する旨の新聞報道がされた事実が認められるところ、このことに照らせば、右の照会回答の内容についても必ずしも疑問がないとはいえないのであるから、右<1>及び<2>の各事実が認められるからといって、本件非開示部分のうち、開示することにより交際の相手方が識別され得るものは、交際の相手方、内容等が外部に公表、披露されることがもともと予定されているものを除いては、本件条例九条八号により開示しないことができる文書に該当するとの判断が左右されるものではない。
4 他方、前渡資金出納簿の非開示部分のうち、右3の(一)の(1)ないし(3)の各支出にかかる部分を除くその余の部分(支出件数一七件)、並びに支出証拠書のうち、同(4)ないし(6)の支出にかかるもの以外のもの(支出件数一七件)については(別表第二からこれを抽出した結果は別表第三記載のとおりである。)、これを開示することによって当該交際費支出に係る交際の相手方である個人の氏名又は法人等の名称を識別し得ることを認めるに足りる証拠がない。
しかして、記録された情報によっても交際の相手方である個人の氏名又は法人等の名称を識別し得るものでない場合には、当該文書を開示したとしても、右3の(二)で述べたような支障が生ずることは考えられず(右第二の五の2の(二)の(2)のアないしウの被告の主張も交際の相手方を識別し得る場合においてはじめて妥当するものである。)、また、他に本件条例九条八号所定の開示により生ずる支障(右2の(一)の<1>ないし<5>)のいずれかに当たるような事態が起こるとの主張立証もない。
したがって、本件非開示部分のうち、別表第三記載の部分は、本件条例九条八号に該当するものと認めることはできない。
5 以上によれば、
(一) 前渡資金出納簿の非開示部分のうち右3の(一)の(1)ないし(3)の各支出にかかる部分、並びに支出証拠書のうち同(4)ないし(6)の支出にかかるもの(支出件数は、前渡資金出納簿及び支出証拠書ともそれぞれ五四〇件)については、本件条例九条八号により開示しないことができる文書(又はその部分)に該当するものというべきであるから、本件決定中、これを開示しないとした部分は、その余の点につき判断するまでもなく適法である。
(二) また、前渡資金出納簿の非開示部分又は支出証拠書のうち、右(一)を除くその余の部分(別表第三記載の部分)は、本件条例九条八号により開示しないとすることはできないものというべきところ、そのうち、前渡資金出納簿のうちの二件の支出に係る部分(別表第二及び別表第三の番号三八二及び三九一)並びに支出証拠書のうちの一件の支出に係るもの(同番号三八二)については、被告がこれを非開示とする根拠となるべき本件条例九条各号のうち八号以外の規定に該当する旨の主張がないから、本件決定中、これを開示しないとした部分は直ちに違法である。
(三) 前渡資金出納簿の非開示部分又は支出証拠書のうち、右(一)を除くその余の部分(別表第三記載の部分)であって、右(二)の部分を除くものについては、被告から、さらに、本件条例九条二号又は三号に該当する旨の主張がなされているから、以下、右主張の当否につき検討する。
三 本件非開示部分の本件条例九条三号該当性の有無について
1 便宜上、本件条例九条三号該当性の有無から検討する。
右二の5の(三)に当たる前渡資金出納簿の非開示部分又は支出証拠書のうち、被告が本件条例九条三号に該当すると主張するものは、前渡資金出納簿の非開示部分のうちの別表第三の「前渡資金出納簿・9条該当号」欄の「3号」に○印を付した支出に係る部分(一五件)、及び支出証拠書のうちの同表の「支出証拠書・9条該当号」欄の「3号」に○印を付した支出に係るもの(一六件)である。
2 本件条例九条三号は、事業活動を行なう法人等又は個人の事業活動上の正当な利益を保護する観点から定められたものと解されるが、その内容は、開示しないことができる公文書の範囲を、これに記録された情報の種類(当該法人等に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報)によって限定し、次いで、開示により生ずる不利益の態様(当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれるものと認められるもの)によっても限定した上、以上に該当する場合でも一定種類の情報は非開示とすることができないものとして、さらに限定を加えるものである。
3 右1に該当する前渡資金出納簿の非開示部分又は支出証拠書については、これを開示することによって当該交際費支出に係る交際の相手方を識別し得るものと認めるに足りる証拠がない。
しかして、記録された情報によっても交際の相手方を識別し得るものでない場合には、当該文書を開示したとしても、交際の相手方につき、本件条例九条三号所定の態様(当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれるものと認められるもの)によって不利益が生ずることは通常考え難いところであり、したがって、右1に該当する前渡資金出納簿の非開示部分又は支出証拠書が、交際の相手方との関係において、本件条例九条三号に該当するものと認めることはできない。
4 〔証拠略〕によれば、右1に該当する前渡資金出納簿の非開示部分又は支出証拠書には、購入事業者(贈答品等の購入先等の事業者)である法人等の名称が記録されているため、これを開示すれば、右購入事業者が識別されることが認められる。また、右の支出証拠書には、購入事業者の名称のほか、購入品名、単価、取引銀行口座等の記録があることは右第二の三の3の(三)のとおりである(なお、右の前渡資金出納簿の非開示部分に購入品名、単価、取引銀行口座等の記録があることを認めるに足りる証拠はない。)。したがって、右1に該当する前渡資金出納簿の非開示部分又は支出証拠書は当該法人等に関する情報が記録されたものであることは明らかである。
しかして、被告は、購入品名、単価等の事項は、購入事業者である法人等の営業上の秘密に該当するか、これに該当しない場合であっても、社会通念上、当該事業者が公表しないことが認められている情報であって、被告が事業者の氏名又は名称とともにこれを開示することは事業者等に取引上の支障を生じさせるものであるとか、取引銀行口座は本来公開すべきものではなく、事業者の名称とともにこれを公開することにより、当該事業者の経営上に不利益を与えることになると主張する。
しかしながら、被告の右主張によっても、そもそも購入品名、単価、取引銀行口座等の記録があるものとは認められない右1の前渡資金出納簿の非開示部分が本件条例九条三号に該当するものとはいえない。のみならず、同号に該当するというためには、開示することによって当該法人等の競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれるものと認められることを必要とするところ、購入事業者の名称のほか、購入品名、単価、取引銀行口座等の記録のある右1の支出証拠書を開示したとしても、その競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれるものとまでは認め得ない。
すなわち、被告は、その主張の具体的根拠として、県との取引であるために、通常の小売価格よりも安い流通段階の価格で購入する場合があるが、一般に公表しない流通段階の価格は事業者の事業上の秘密と重なる場合があるとか、また安価で購入したことが公開されると、他の購入者に不快、不信の念を抱かせたり、他の購入者から値引き要求を受けるなどと主張するが、県が一般の小売価格より安価で物品を購入し得たとしても、それは県が地方自治体という一般の購入者とは異なる地位にあることに基づく例外的な優遇であることは誰しも理解し得るものと考えられ、したがって、そのような地位にない一般の購入者がそれを知って不快、不信の念を抱いたり、購入事業者に値引き要求したりすることは通常考えちれないところであるし、また、県の物品購入価格が購入事業者の仕入原価等のいわゆる流通価格であったとしても、右1の前渡資金出納簿の非開示部分や右1の支出証拠書に、その購入価格が流通価格であることを示す記録まであることを認めるに足りる証拠はないから、これを開示したからといって、直ちに流通価格が公になるというものでもない。さらに、取引銀行口座が事業者の名称とともに開示された場合に、具体的に、事業者にいかなる経営上の不利益が及ぶかについては何らの主張立証もない。そうすると、右1の前渡資金出納簿の非開示部分や右1の支出証拠書を開示したとしても、購入事業者である法人等に多少の困惑が生ずることはあっても、その競争上又は事業運営上の地位その他社会的な地位が損なわれるものとまでは認められない。
したがって、右1の前渡資金出納簿の非開示部分や右1の支出証拠書が本件条例九条三号に該当するものとは認められない。
5 以上によれば、
(一) 右1の前渡資金出納簿の非開示部分の全部と、右1の支出証拠書のうち一一件の支出に係る部分(別表第二及び別表第三の番号八五、一〇二、一二三、一四七、一七九、一八七、二三〇、二九九、三〇七、三九一、五五〇)については、被告がこれを非開示とする根拠となるべき本件条例九条各号のうち八号及び三号以外の規定に該当する旨の主張がないから、本件決定中、これを開示しないとした部分は直ちに違法である。
(二) 右1の支出証拠書のうち五件の支出に係る部分(別表第二及び別表第三の番号六二、一一八、二〇二、五五三、五五四)については、被告から、さらに、本件条例九条二号に該当する旨の主張がなされているから、右主張の当否につき検討する。
四 本件非開示部分の本件条例九条二号該当性の有無について
1 右二の5の(三)に当たる支出証拠書のうち、被告が本件条例九条二号に該当すると主張するものは、別表第三の「支出証拠書・9条該当号」欄の「2号」に○印を付した支出に係るもの(右三の5の(二)の五件)である。
2 本件条例九条二号は、個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るものにつき、一定種類の情報につき非開示とすることができないものとして例外を設けたほかは、これをすべて開示しないことができるものとして、個人のプライバシーの保護を図ったものと解される。
原告は、特定の個人が識別され、又は識別され得るもののすべてが本件条例九条二号によって非開示となるものではなく、同号に当たるというためには、<1>私生活上の事実又は事実らしく受けとられるおそれのある事柄であること、<2>一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であること、<3>一般の人々には未だ知られていない事柄であり、公開によって当該私人が実際に不快、不安の念を覚えるであろうことを必要とする旨主張するが、本件条例九条二号の文言からみても、また、本件条例一条及び三条の規定の趣旨に照らしても、本件条例上、原告の主張するような事実の存在が非開示の要件とされているものとは到底認め得ないところであり、右一のとおり、本件の公文書開示請求権が本件条例により創設された権利であることを考慮すると、本件条例の規定する範囲を越えて、原告主張のようにこれを殊更厳格に解すべきであるとする理由はないといわなければならない。
3 右1に該当する支出証拠書については、これを開示することによって当該交際費支出に係る交際の相手方を識別し得るものと認めるに足りる証拠がない。したがって、右支出証拠書が、交際の相手方との関係において、本件条例九条二号に該当するものでないことは明らかである。
4 〔証拠略〕によれば、右1に該当する支出証拠書のうち、別表第三の「支出証拠書・購入先等・取扱者」欄に「印」との記載がある支出に係るものには、当該支出証拠書に、購入事業者(贈答品等の購入先の事業者)の支出証拠書発行取扱者である個人の捺印があり、また、「名」との記載がある支出に係るものには、右取扱者である個人の名(氏名又は氏のみ)の記載があることが認められる。
しかるところ、被告は、右各記録は右取扱者である個人が当該支出証拠書を発行した事業者に勤務し、支出証拠書発行の事務を担当していることを示すものであるから、個人の職業に関する情報であって、本件条例九条二号に該当するものである旨主張する。
しかしながら、支出証拠書に捺印又は氏名若しくは氏のみの記載があったからといって、それのみから特定の個人が識別され得るかどうかは疑問である上、この点は措くとしても、特定の支出証拠書に捺印又は氏名若しくは氏のみの記載があることだけから、直ちに、その者と当該購入事業者との雇用その他の事実上又は法律上の関係が具体的に明らかになるものとはいえず、そうすると、支出証拠書にある捺印又は氏名若しくは氏のみの記載自体が、個人の職業に関する情報に当たるものとはいい難い。
したがって、右1の支出証拠書が本件条例九条二号に、該当するものとは認められない。
5 以上によれば、本件決定中、右1の支出証拠書が本件条例九条二号に該当するものとして、これを開示しないとした部分は違法である。
なお、右二の5及び三の5を併せ考えると、本件決定中、前渡資金出納簿の非開示部分のうち別表第三記載の支出に係る部分、並びに支出証拠書のうち別表第三記載の支出に係るものを非開示とした部分は、結局全部違法である。
(裁判長裁判官 荒井昴 裁判官 石原直樹 小林直樹)